明治末期蛎浦港全景

明治4年 廃藩置県が行われ、長崎府の管轄に属した。
明治5年 長崎県と改称。同時に区画制定が行われ、第18区に属した。
明治12年7月 郡制実施により西彼杵郡の管轄に属した。
明治18年7月 町村制の実施により崎戸村、黒瀬村を併合し、戸町役所を黒瀬(現大島町)においた。
明治19年 本郷芋島付近で、炭塊が一漁夫によって発見された。
明治23年 黒瀬村と分離し、嘉喜浦郷と本郷の2大字をもって崎戸村を組織した。当時の戸数は240戸、人口千人余りのせきりょうとした一漁村であった。
明治40年11月 資本金500万円で九州炭坑汽船(株)が創設され、石炭採掘に着手した。
昭和6年10月 鉱業の発展にともない、人口も急増し町制を施行。当時の人口は17,639人であった。
昭和15年 九州炭坑汽船(株)が三菱鉱業に合併。最盛時には年間百万トンを出炭した。

炭鉱全盛期時代の崎戸港全景

昭和31年 9月:町村合併法により、旧江島村、旧平島村を編入。新生崎戸町がスタートした。時の人口25,195人。
昭和30年代のメインストリート(現在の永の浦付近)
昭和32年2月 崎戸・大島間にバス開通。
昭和33年3月 「みしま丸」第1船就航。
昭和35年12月 役場新庁舎完成。
昭和39年11月 三菱崎戸鉱業所一坑閉山。崎戸炭鉱と改称し、二坑のみの操業となった。
昭和42年 2月:御床島灯台点灯。
3月:崎戸橋完成
10月:「第2みしま丸」就航。
昭和43年3月 崎戸炭鉱閉山。50余年の半世紀にわたる石炭産業が町から姿を消した。
昭和44年10月 崎戸炭鉱閉山水道整備事業完成。崎戸上水道で給水開始。同時に崎戸地区は計量制に踏み切った。
昭和46年5月 本郷橋完成。
昭和47年 3月:国民宿舎「御床島荘」オープン。
国民宿舎「御床島荘」落成式
昭和49年6月 江島・平島にヘリポート完成。
昭和50年9月 「第3みしま丸」就航。
昭和53年8月 郷土史「崎戸町の歴史」刊行。
昭和54年6月 総合運動場オープン。
昭和57年4月 救急艇「はやて」就航。
昭和58年5月 ふるさと祭り第1回開催。
昭和63年4月 町魚に“あらかぶ”指定。
平成元年8月 崎戸町歴史民俗資料館完成。
平成2年 「'90想い出のさきと」開催。(崎戸炭鉱閉山想い出の集い)
平成3年9月 丸田海岸ウォーターデッキ・ステーション完成。
平成4年 2月:マリンフィッシュタワー完成。
3月:温水プール完成。
平成6年7月 ラジウム温泉「御床狸の湯」オープン。
平成7年 2月:「フェリーみしま」就航。
5月:「はやて2号」就航。
平成11年 4月:33°元気らんど有料施設オープン。
8月:西彼杵広域連合設立。
10月:崎戸町集合店舗オープン。
11月:大島大橋開通。
平成12年 3月:「浄心RV宿泊施設」落成。
3月:「崎戸町トンボ公園」落成。
絶滅寸前の“ベッコウトンボ”が生息するトンボ公園
平成13年5月 「スケッチのまちづくり推進町」宣言。
平成15年7月 ホテル「咲き都」がオープン。
平成17年4月1日 崎戸町など五町(西彼町・西海町・大島町・大瀬戸町)が合併し「西海市」となった。